宇宙世紀事始めⅡ その2
「テアボロ家の人々」

 U.C.0071——。
 ジオン・ズム・ダイクンの死から3年余りが経過した年の夏。
 ザビ家の魔手から逃れたキャスバル・レム・ダイクンと妹のアルテイシア・ソム・ダイクンは、ラル家の当主ジンバ・ラルと共に地球に移り住み、新たな生活を手に入れた。
 彼らの庇護者は、ジンバの旧知の友であったドン・テアボロことテアボロ・マスである。

 資産家であったテアボロは、当時事業の表舞台から身を引き、南欧にその住まいを移していた。
 元々スペースコロニーの政争に関わるつもりはなかったというテアボロだが、ザビ家の目を反らすために、キャスバルとアルテイシアをマス家の籍に入れたという。

 エドワウ・マスとセイラ・マスと名を変えた兄妹は、しばしの平穏な日々を送る。
 セイラは、率先して難民キャンプの医療ボランティアに協力する心優しい娘に育った。
 エドワウは、反ザビの自説を説くジンバに辟易しながらも、セイラを守ることを自身に課してその退屈な生活に甘んじる。

 だが、窮地は突然訪れる。

 ジンバが、アナハイム・エレクトロニクス社のチェルシー副社長と接触し、ザビ家に対する武装反攻を密かに企てたのだ。すると、ザビ家ゆかりの監視者達は、ザビ家への敵対者の排除を苛烈な手段で実行した。
 その結果、テアボロ一家は、地球での安息の地を失うことになるのである。

 当時の地球上には、各地に難民があふれていた。南欧ばかりでなく経済が少しでも良い地域へ、その流入が続いていた。その混乱は、地球全体の経済にも多大なる悪影響を与え始めていた。
 元はといえば、長年の乱用による地下資源の枯渇がエネルギー不足を呼び、温室効果ガスの大量排出が引き起こした地球全体の環境破壊が砂漠化を促進。農地や水資源の不足は食糧需給のバランスを根底から崩して、局地的ないざこざを血なまぐさい紛争にエスカレートさせていった。
 生地を追われた人々は、図らずも難民となって流浪せざる得なくなったのである。

 スペースコロニーの宇宙移民事業には、その難民の受け入れ先を生み出すという側面もあったはずだったが、地球圏全体の経済の停滞は、その巨大事業にも少なからぬ影響を及ぼした。
 宇宙世紀0070年代の初頭には、コロニー建造事業も最盛期を過ぎつつあった。
 宇宙に上がれなかった人々は、地上でさらなる貧困と生活環境の悪化に耐えざるを得ず、さらなる窮地に追い込まれたのである。

 地球連邦政府は、EFHCR(地球連邦難民高等弁務官)を通して、各地で難民の救済事業を展開するが、その支援が焼け石に水であった事は否めない。
 スペースコロニー事業ではなく、砂漠の緑化こそが必要だった、と説く人々もいたが、もはやその論は遅きに失するものであった。

 根本的な解決方法は、大幅な人口削減に他ならなかった。
 だが、その機会は時を経ずして、最悪の状況で顕現し、地球上に住まうあらゆる人々に災禍となって降り注ぐことになった……。
 宇宙世紀0070年代の末に、地球へのコロニー落としが行われたからである。

 しかし、幸か不幸か……。
 テアボロ家の人々は、地球上でその災厄に遭遇することはなかった。
 アナハイム社とジンバの接触が生んだ悲劇が縁となり、テアボロ家の人々は南欧の地から別天地へと移住したからである。
 その移住地は、サイド5、ルウムにあるスペースコロニーのひとつ、テキサス・コロニーであったという。
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