第35回
漫画家

おおのじゅんじ


アニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)の公式外伝として、現在月刊ガンダムエース誌上にて連載中のコミックス『機動戦士ガンダム THE ORIGIN MSD ククルス・ドアンの島』(以下、『MSD ククルス・ドアンの島』。テレビシリーズ『機動戦士ガンダム』の1エピソードに登場したククルス・ドアンというキャラクターを巡る物語として、アニメ本編では描ききれない『THE ORIGIN』のモビルスーツ開発史を描く本作はどのように誕生したのか? 漫画を手掛けるおおのじゅんじ氏に制作の裏側を伺った。
—— 『MSD ククルス・ドアンの島』のコミックスは、どのような流れで立ち上がり、関わることになったのでしょうか?
おおの 元々、ガンダムエースさんで『機動戦士ガンダム外伝 ミッシングリンク』という作品を連載していたんです。その連載中に、当時の副編集長から「そのうち『THE ORIGIN』の外伝をやれるといいですね」という話が出ていまして。最初のうちは「機会があればやりたいです」という話半分な気分でいたんですが、『ミッシングリンク』の連載が終わる頃に「今度、『THE ORIGIN』のスタジオで打ち合わせがあるから」と連絡があり、そこから話が進んでいきました。ガンダムエース編集部とのやりとりの中で、当初から、絵の雰囲気が安彦(良和)先生に似ていると言われていたのもあってか、外伝のお話が舞いこんだんだと思います。
—— 『MSD ククルス・ドアンの島』は、ちょっと特殊な物語となっていますが、どのような流れで企画が成立していったのですか?
おおの これも当時の副編集長から「『THE ORIGIN』の外伝は、ククルス・ドアンをやってみませんか?」というアイデアからスタートしています。そうした基本となる部分に加えて、オリジンスタジオ側からカトキハジメさんがプラモデルで展開している『MSD』を合致させた形で企画を進めて欲しいという話がありまして。その2つのラインを組み合わせて、どんなストーリーにするか考えていきました。僕自身、みなさんと打ち合わせをしてそれを後からまとめるという作業がそんなに得意ではないので、最初に僕の方から2〜3話の複数話分のストーリーのプロットを持って行って、そこに皆さんの意見をいただいて、全体を整えていく。このやり方が、内容に厚みを出すことができて、僕としてもネームが描きやすいですね。
—— ストーリー展開に関しても、ククルス・ドアンというキャラクターが中心でありながらも、かつての仲間が彼について思いを巡らすという、語られ方が特殊な形をとっているので、構成を考えるのも苦労されたのではないですか?
おおの 難しいですね。MSDのプラモデルとの展開と連動させなければならないというところもあるんですが、ドアンを主人公に話を進めようとするとそうしたMSDとの連動感が置き去りになってしまいがちなんです。できれば、プラモデルとの連動と、ドアンとその部下達の物語とが連動し追随していく展開がいいだろうと。そこはなるべく守るように心がけています。読者の皆さんとしては、ドアンが本当の主人公で物語を引っ張っていくんだろうと読み始めると、物語の冒頭は隊員たちの視点から始まるので「どうなっているの?」と戸惑ったのではないかと思います。それが、今回発売されたコミックスの第1巻分で、隊員たちが出揃い「ドアンを取り巻く世界」が整い、ようやく皆さんにドアンの漫画として戸惑いなく読んでいただけるようになっていっているのではと思います。
—— 作画に関しても、前作の『ミッシングリンク』以上に安彦さんの絵に寄せていますね。
おおの 実際『ミッシングリンク』を描いていた最初の頃は「ガンダム漫画を描く」ということで、完全に安彦先生の絵を真似ていたんです。でも、編集部側から安彦先生の絵柄に寄せなくていいと言われ、少しずつ自分の絵にしてきました。確かに、ガンダムのコミックスを描くにあたっては、安彦先生が描くもの以外にもたくさんの絵柄がありますからね。でも、『MSD ククルス・ドアンの島』は、『THE ORIGIN』の外伝という位置づけになるので、漫画家としてガンダムを描くという初心を思い出したという部分があって、それでより絵柄を安彦先生のものに寄せていく方向性を選びました。絵柄を寄せるにあたっては、『MSD ククルス・ドアンの島』のストーリーやキャラクターを練るのに時間が必要だったので、模写をするというような練習をする時間がとれなかったんです。描き方としては、一度参考として『THE ORIGIN』のコミックスを見て、「安彦先生の描く絵はこういうイメージだろう」と直接原稿に描いていくという感じですね。
—— 作品を拝見すると、安彦さんの原稿の雰囲気をすごく研究している印象があります。
おおの 数ある安彦先生の作品の中でも、当時、ガンダムエースで『THE ORIGIN』の連載を読んでいて、すごいパワーを感じたんです。僕自身のガンダムに対する思い入れの強さからかもしれませんが、『THE ORIGIN』のコミックスでより強い影響を受けてしまったんですね。それで、ちょっとずつ真似をしてみようと思いまして。それが、『THE ORIGIN』の連載開始当初だから15年くらい前ですかね。その頃から単行本や連載時の絵を見ながら描き文字や枠線の描き方まで、いろいろと安彦先生の特徴としてあまり気付かれない部分まで真似るようになりました。そういう意味では、現在、安彦先生の絵に寄せながら連載を続けるという形は、「楽しい苦労」だと思っています。例えるならスポーツマンが苦しい表情をして競技や練習をしてても、心は充実しているような……。個人差はあるでしょうが、それと同じで、サラサラと描いてできてしまう程度なら他のやり方があると思いますが、安彦先生の絵を意識するとそれを描く難しさや自分の足りない部分がよく判るんです。この作品で足りない部分がまだあるからこそ、仕事として没頭できる。そういう意味で、苦労と楽しみの2つが混ざって作業している感じですね。
—— 『MSD ククルス・ドアンの島』は、モビルスーツもたくさん登場しますが、メカ表現では苦労されていますか?
おおの メカに関しては難しいところですね。ガンダムエースで連載している他の作家さんが、すごく綺麗なメカ描写しているのを見ると「自分もあんな風に描いてみたい」と思うんですが、同じような描き込みの絵を描いて連載できるスピードが自分にはないので、やはり自分で思ったような感じでしか描けないんです。メカ描写で気にかけている部分は、『THE ORIGIN』のアニメで描かれているモビルスーツの動きを脳内で反芻して、「こんな風に動くなら、漫画としての表現ならこうしないとアニメのスピード感は出ないだろう」という表現の置き換え方ですね。メカに関しては安彦先生の絵に寄せたい気持ちも、アニメに寄せたい気持ちもあるんですが、そこは意識し過ぎずに自分のやりやすい方向で描いています。
—— おおのさん自身は『機動戦士ガンダム』という作品にはどのように触れられて来ましたか?
おおの 『機動戦士ガンダム』の放送当時は小学校1年生くらいだったんですが、第1話は放送日に観ているんです。第1話でガンダムがトレーラーから起き上がるシーンが印象的で、姉に寝かしつけられそうになるとガンダムが起き上がるシーンを真似して布団から起きようとしていたくらいです。それくらい第1話の映像がずっと頭に残っていて、今そのシーンを想像するだけでもあの動きにゾクゾクしていたのを思い出します。あの第1話を観たら、次も観たいと思いますよね。それまでのロボットものは、1話完結で終わるパターンだったのが、『機動戦士ガンダム』はそれとは明らかに違う、今まで観たことがない感じだったので。その「何だろう?」って思う部分に惹かれたんでしょうね。小学校1年生だったので、当時はあまり難しい部分の記憶は残っていなかったんですが、それでも子供の心に残るものは提示しているんですよね。そして、大人な部分を持った作品でもあるので、2回目に見直すと前に理解できなかった部分がまた見えてくる美味しさがある。小学校1年生と小学校高学年、そして中高、成人して観た『機動戦士ガンダム』はそれぞれ違って見える楽しみはありますね。
—— 安彦さんの描いている漫画の方も以前から読まれていたんでしょうか?
おおの もともと漫画家になろうと思っていなかったので、漫画自体を買い漁るタイプではなかったんです。高校卒業後はとくにやりたいことも無かったので自衛隊に入ろうかと思っていたんですが、何かの折に、絵を描くことが好きならそのための学校があると教えてもらい、専門学校に行くことにしました。でも、漫画を仕上げる一連の知識がなかったため、当時では珍しい漫画学科を選びました。入学して1年目に持ち込んだ漫画が某出版社の月例奨励賞をいただくことになって、それがキッカケとなって本格的に漫画家を目指し、デビューして、安彦先生の漫画に興味を持ちました。最初の連載作品の単行本表紙は恥ずかしながら安彦先生調を頑張ってマネようとしてますね。『THE ORIGIN』の連載が始まるという話を知ったときは楽しみで仕方なかったです。
—— 同じ漫画家として、『THE ORIGIN』という作品はどんな印象ですか?
おおの やはり神々しいですよね。見るたびに、読むたびに凄いなって思います。仕事の参考として絵を確認するはずが、ついずっと読み耽ってしまう。それくらい魅力的ですね。『THE ORIGIN』で再びアニメを手掛けると聞いた時は、早く観たいと思いました。漫画原作の『THE ORIGIN』の作品として魅力を感じる部分は、やはりテンポ感ですね。流れるようなコマで見せられると、そのまま乗せられてしまう。電車みたいに、一度乗ったら区切りのいいところまで降りられない。アニメーターを経験されているから、ああいう表現ができるのか判りませんが、なかなか身につくものではないですよね。ああいう凄さも自分に身につけられればと思って日々勉強している感じです。
—— 『THE ORIGIN』のアニメについての感想はいかがですか?
おおの ファンとしては、「これはどこまで観続けられるんだろう?」という思いはあります。過去編として『ルウム編』で終わって欲しくないですね。まだまだ続きが観たいです。物語としては、シャアが主人公として漫画原作に沿って進んでいながらも、第3話のリノのようなオリジナルの物語も加わり、毎回新しいつじつま合わせを凄いなと思いつつ、楽しませてもらっています。その一方で、アニメを制作する際には、自分のコミックスの打ち合わせと同様に、何人ものスタッフが、いろいろと「コミックスからこう変えるにはどうしたらいいのか?」という話合いを行わっているんだろうなという、作家的な目線で観ている部分も楽しく感じてます。
—— ついに『MSD ククルス・ドアンの島』のコミックスの第1巻が発売となったわけですが、お話できる範囲で今後の展開などについてお聞かせください。
おおの 僕自身は、キャラクターのひとりひとりが主人公のつもりで描いているんです。その主人公たちが点としてバラバラの存在ではなく、交わる接点がどこかにあることが、おそらくスタンダードな漫画構成とは違うところだと思います。今後、どのように合流し、もしくは離ればなれになっていくのか? そうした群像劇的な部分をこの作品では出せて行ければと思っています。あとはMSDとのプラモデルとの連動ももっとしっかりとやれるよう、オリジンスタジオやバンダイホビー事業部の方々と足並みを揃えてやっていきたいです。物語はモビルスーツの開発が行われたダーク・コロニーが起点となっていて、ここで起こったことと未来で起こることが上手く合致するような見せ方で、モビルスーツの開発史みたいなものが紡がれると面白いだろうなと思いつつ、その部分に毎回苦労している感じですね。
—— では最後に、連載を楽しみにしているファンにメッセージをお願いします。
おおの 大きなジオンの作戦にはいろんなキャラクターが参戦している可能性があります。そこにはドアンや仲間たちが戦場にいて、個々に葛藤があり、仲間割れや新たな結びつきがあったりするはずで、そうした部分を作品のメインテーマとして、よりしっかりと描いていきたいです。MSDのプラモデルはもちろん、今後ドアンの新たな一面や、アニメ本編の『ルウム編』との連動も強めていければと考えていますので、是非期待していてください。

機動戦士ガンダム THE ORIGIN MSD ククルス・ドアンの島(1)
著者:おおのじゅんじ

メカニックデザイン:カトキハジメ
キャラクターデザイン:ことぶきつかさ
原作:矢立 肇・富野由悠季
漫画原作:安彦良和
定価:626円(税込)

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