宇宙世紀事始め Ⅰ その4
「ダイクン家の人々」

 ムンゾ自治共和国。
 スペースコロニー群のひとつ、サイド3を統べる国家の名称である。
 地球と月面とスペースコロニー群などを含む地球圏の全体を統治するのが地球連邦政府であるが、そのなかで限定的な自治権を獲得したのが、サイド3のムンゾ自治共和国政府だった。しかし、その道のりは平坦なものではなかった。

 宇宙移民が開始されて数十年が経過し、多様な民族が言葉や文化の差異を乗り越えて、移民地のスペースコロニーで生活を確立することは簡単なことではなかったが、さらに、スペースコロニー群と地球圏に残った人々の間に生じた格差も、次第に問題視されるようになった。

 コロニーで生産された食料や物資は優先的に地球に送り込まれていたが、それはコロニー側から見ると一種の搾取と受け取られていた。また、各コロニーには治安維持と称して地球連邦軍が進駐していたが、その経費の一部も負担させられている。

 バラ色の未来を夢想して宇宙に移民した人々が生活に疲れ、新たな時代を待望し始めた時代に、ムンゾに現れた指導者が、ジオン・ズム・ダイクンである。

 ダイクンは、「宇宙に進出した人類は、その新たな環境に適応した形質を獲得し、新人類に革新しうる」と説いた。
 具体的には、「宇宙に生きるスペースノイドは、やがて地球圏に残ったアースノイドを凌駕する」と考え、新人類となったスペースノイドを「ニュータイプ」と呼び、アースノイドを「オールドタイプ」と呼んで、その優位性の上に立った権利を主張した。
 この新しい思想は、宇宙で苦難を味わっていた人々や、地球連邦政府に不満を持つ市民に勇気を与えると同時に、先鋭的な反地球連邦意識を植え付ける素地ともなっていった。

 そのダイクンの活動の初期から中期にかけて補佐を行っていたと言われるのが、正妻のローゼルシアである。
 若き日のダイクンを物心両面で支えたといわれるこの女傑は、ダイクンの思想を尊重し、その拡大に精力的に邁進した。また、その思想の真髄を一番よく理解していたと自負する彼女は、ダイクンの思想のほとんどが、湖上に浮かぶ「思索の塔」で形成された、と語り続けていた。
 だが、不慮の病で活動が困難になった頃から、次第に表舞台から姿を消すこととなるのである。

 ダイクンは、その活動の中期から、反連邦思想を喧伝する反社会的な活動家と目され、連邦政府からの取り締まりに遭遇する機会が少なからずあった。
 この頃、知り合ったと言われているのが、クラブ・エデンの歌手、アストライアである。
 高邁な思想とかなわぬ現実の間で、酒に救いを求めることもあったダイクンは、過激な扇動家であり途もすれば圧迫感を与えるローゼルシアの目の届かぬ場所に、新たな憩いを求めたともいえる。
 アストライアの歌声は、心身が疲れ果てていたダイクンを癒していった。
 ダイクンの思想についておそらくあまり理解していなかったか、もしくは忌避していたかもしれないとも言われるアストライアだが、彼女の無私の優しさに安らぎを求めたダイクンは、やがてアストライアとの間に男の子と女の子を一人ずつもうけることになる。
 その子達が、のちの赤い彗星のシャアとなるキャスバルと、その妹アルテイシアだ。

 アストライアと二人の子との生活を優先したダイクンは、議長公邸に母子を一緒に住まわせた。強力な権力を盾にした公私混同でありいわば私物化であった。
 正妻のローゼルシアにしてみれば歯がゆい限りであったが、後継を産んだアストライアの立場を、周囲のダイクンの賛同者達は擁護した。

 やがて、ダイクンの周りには、資金面での支援を行う資産家、社会的なアジテーションに協力する活動家、政治家やマスコミが次第に集まっていった。
 そして、ザビ家の勢力を味方に取り込んだダイクンは、スペースコロニーと経済的な利益を共有する地球側のロビイストや財界、政治家などを囲い込み、次々に要求を通す工作を推進していった。
 こと自治権については、一筋縄ではいかなかったが、限定的な自治政府を樹立することで、ダイクンはムンゾ自治共和国国民議会の議長に就任することになるのである。

 U.C.0068年当時——。
 ダイクン家の人々は、表舞台ではダイクンとアストライアとキャスバルとアルテイシアが首長一家としての公的な立場を務め、その面目を躍如したという。
 だが、ダイクンの正妻はあくまでもローゼルシアであり、その立場をないがしろにされることはなかったとも言われている。
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