宇宙世紀事始め Ⅰ その5
「ザビ家の人々」

 U.C.0068年当時 —— 。
 のちのジオン公国公王となり、人類史上初の宇宙戦争に発展する地球連邦との独立戦争を決断したデギン・ソド・ザビは、この時期、サイド3、ムンゾ自治共和国の副議長を務めていた。

 ムンゾ自治共和国議会で議長を務めていたジオン・ズム・ダイクンは、スペースノイドの優位を説くイデオロギーと反連邦政策によって、対アースノイドの論戦を展開し、ムンゾの国民感情を大いに刺激した。
 だが、連邦の支配下では、その理念を支える政治的工作と密かな軍事的補強には有能な協力者の尽力が不可欠だった。その任を担ったのが、デギン率いるザビ家一党である。

 ダイクンの反連邦活動初期においては、正妻ローゼルシアの発言力と政治力がもっとも強く働いた。だが、病によって彼女が表舞台から降りたあとは、ダイクンを長に戴くジオン党を補佐するザビ家一党の派閥と、同じくジオン党に属しながら、ザビ家に反発し、自らの派閥を起こしたラル派のジンバ・ラルが、ムンゾの政権の主導権を巡って激しく対立する構図となった。

 ジオン党内では、デギンの子女が大いに力を発揮した。
 嫡男のギレン・ザビは、ジオン党の政治部部長として辣腕を振るい、父デギンの補佐を行った。ジャパニズム趣味を持つこの男は、ザビ党の顔とも言うべき党首ダイクンを立てながらも、副党首の父デギンを巧妙に覇権中央へ押し上げる工作を着々と遂行していった。
 のちにムンゾ自治共和国がジオン自治共和国となった時点で、ギレンは政治部と国民運動部の部長を兼任。またのちのジオン公国においては、総帥の地位を得るまでになるのである。

 次男サスロ・ザビは、ジオン党において、国民運動部部長を担った。
 その運動とは、ムンゾ国民に反連邦への憎悪を根強く植え付ける情報操作が主眼だった。連邦からの圧政がありそれがさも非道であるかのように演出し、駐屯する連邦軍部隊の横暴ぶりを針小棒大に喧伝するためメディアを最大限に利用しもした。そのアジテーションはダイクン死去の際の連邦陰謀説に結実。ダイクンの死を慨嘆する国民感情を、連邦排斥運動に転換することに成功している。
 サスロは政敵に容赦ない男だったが、苛烈な性格は身内にもおよび、キシリアの独断専行を難じて手を挙げたこともあった。サスロはのちにダイクン葬列爆破テロ事件で命を落とすが、一説ではキシリア陰謀説も囁かれている。

 三男ドズル・ザビは、生来の実直さと剛胆さを活かすべく、ムンゾ防衛隊に参加。国防の任にあたってその責任を果たすと同時に人望も培っていった。
 ザビ家の専横ぶりは、時代が下るに連れて人々の揶揄(やゆ)や妬嫉(ねたみそねみ)の対象ともなったが、ドズルの単純かつ公正な人柄が、ザビ家に好印象を与える作用をはたした。事実、麾下のムンゾ出身の将兵達からは絶大な人気があった。また、後進の育成にも力を注ぎ、ジオン自治共和国では国防軍士官学校校長も務めた。 のちのジオン公国においては宇宙艦隊の旗艦に座乗し、宇宙攻撃軍司令官に着任するのである。

 第四子にして長女のキシリア・ザビは、ムンゾ保安隊隊長の任に付き、着々とその実力を醸成しつつあった。もともと怜悧なキシリアは、ムンゾの治安を担う公安面と、デギンほかの政府要人の警護なども任されていたが、公安や警護には、ムンゾ政府に対する反抗勢力を特定して排除、壊滅、もしくは無力化させる情報戦と実行力が不可欠であった。
 キシリアは、のちにキシリア機関と呼ばれる秘密警察的な色合いの強い独自組織の形成にも力を注いでいく。

 末子にして四男のガルマ・ザビは、この当時わずか11歳の少年だった。
 父デギンが老いてからの子という理由もあり、その寵愛(ちょうあい)を一身に受けたガルマは、甘やかされた末っ子にありがちな気負いの中で育つ。有能な兄姉を持ち、自らもそのようにならねばならないというプレッシャーが常にあり、能力以上の成果を一族から望まれ、自らも欲するようになる。後年の悲劇の因は、その境遇にあったといっても過言ではないだろう。
だが、幼少期から美しい容姿と素直な性格を持っていたガルマは、ムンゾ国民からの人気も高く、ザビ家への反感を少なからず減少させる魅力を持っていた。この人気は、後年ギレンが余すことなく利用することになるのである。

 U.C.0068年 —— 。
 ダイクンの葬列において、次男サスロの爆殺テロ事件が発生する。

 だが、この事件を契機に、ザビ家は、敵対していたラル家当主ジンバ・ラルを表舞台から追い落とすことに成功する。サスロがラル家に暗殺されたとの喧伝を、ムンゾ国民が信じ、ジンバがその地位を失ったからである。
 この後、ザビ家は、ムンゾ国内を完全に掌握し、ザビ家が一丸となった政治力はムンゾの国体も変えて、ダイクン死後のムンゾ国民の運命を変えてしまう。 ムンゾ自治共和国はその後、ジオン自治共和国を経て、ジオン公国へと変貌していく。
 その決断の時々において、ムンゾ国民は自らが選んでいったような錯覚に陥っていたが、実はザビ家の指嗾(しそう)によるものであった……。
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