宇宙世紀事始めⅤ その1
「ブリティッシュ作戦(1)」

 U.C.0079 ——。
 サイド3、ジオン公国が地球連邦に宣戦布告して開始した独立戦争は、ジオン公国軍の優勢で進んだ。
 緒戦において、最新鋭の機動戦力=モビルスーツ部隊を率いたランバ・ラル中佐は、サイド2、ハッテを攻略。その首都バンチを残して、ほぼすべてのコロニーを破壊、制圧した。
 開戦以前から地球連邦の側に立ち、ジオン公国と対立する立場を鮮明にしていたことから、ハッテは、要衝である月面都市グラナダとフォン・ブラウンの攻略とほぼ同時に、攻撃目標とされたのだ。
 その無傷で残された首都バンチを活用した作戦が、ギレン・ザビ総帥によって立案されていた。
 この作戦はドズル・ザビ中将の統括の下、遂行される。
 その名は「ブリティッシュ作戦」。
 のちの世にいう、コロニー落としである。
 スペースコロニーの外壁に外部エンジンを取り付けてブースターとし、ラグランジュポイントに留まっていられる軌道からはずして、地球の低軌道まで運ぶ。
 そして、ギニア高地の厚さ1000メートルの岩盤で守られた、地球連邦軍総司令部ジャブローに落とす。
 この未曾有の作戦が引き起こした災禍は、結果的に地球人口の半数を死亡させるのである。

 作戦は、当初ハッテを攻略したランバ・ラル中佐に下命された。
 ドズル中将がじきじきに伝えたといわれている。
 しかし、ラル中佐は実行しなかった。命令不服従の結果、降格処分を受けた。
 ハッテ市民一億の血を浴びた歴戦の猛者といえども、地球にコロニーを落とすという作戦は蛮行以上の何ものでもないと拒絶したからだ。
 しかし、作戦実行は止まらなかった。
 替わりの指揮官が立てられ、ブリティッシュ作戦は遂行された。
 施設部隊は、外部エンジンを設置すると同時に、コロニーの窓面に耐熱コーティングを施した。その際には多数のモビルワーカーが駆使された。
 残存するハッテ防衛隊の妨害を排除、要撃するため、モビルスーツ部隊も投入された。その戦闘には、開発訓練Y-02小隊も参加している。
 同時に、アイランド・イフィッシュ内の市民に対しては、GG(ダブルジー)ガスを注入するGGガス注入艇が運用された。
 ハッテの首都バンチに、コロニー落としの事前工作として化学兵器が使用されたのだ。
 のちにジオン全権代表となるマ・クベ中将が署名する「南極条約」の批准以前においては、ジオン軍と連邦軍の間に、化学兵器や生物兵器、さらに核兵器の禁止は約束されていなかった。

 ブリティッシュ作戦に使われたコロニー内に閉じこめられた首都バンチの市民は毒ガスによって虐殺されたが、しばらくの間、それが明かされることはなかった。
 ジオン公国が、隠蔽したのである。
 後年、同作戦に参加した複数の兵士の証言によって、事実は明かされるのだが、それは一年戦争終結後のことだった。
 無辜の市民達は、何故に死なねばならないのか気付かぬまま死んでいったのだ。

 「アイランド・イフィッシュ」。
 ラグランジュポイント4から移動させられたハッテの首都バンチの名は、歴史の闇に葬られた星屑の墓標である。
PREVNEXT