第14回
SF考証

鹿野 司


 フィクションの世界には、その世界観や物語の鍵となるさまざまなテクノロジーが存在する。それらのテクノロジーは「絵空事」ではあるが、そこに「本物」の考証が入ることによって作品世界にリアリティが追加されることは確かだ。今回は、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)に登場するSF(サイエンス・フィクション)の要素にリアリティを与えるSF考証の鹿野司さんに、本作のSF的こだわりを語ってもらった。
—— 『THE ORIGIN』には、どのような経緯で参加されたのですか?
鹿野 当初、漫画原作でSF考証をされていた方が担当されていたんですが、体調を崩されてしまって。そこで、引き続きSF考証をするスタッフが必要だということで、今西(隆志)監督が人材を探していたんです。そんな中で、今西さんとお付き合いがある出渕(裕)さんの紹介で参加することになりました。
—— SF考証のお仕事は、具体的にはどのような作業をされるのですか?
鹿野 基本的にはシナリオ会議に参加して、「こういう風にした方がいい」というアドバイスやアイデアを出したり、「ここはSF的にどうだろうか?」と意見を言うという感じですね。本業はサイエンスライターで、SF考証だけをしているというわけではないです。
 『THE ORIGIN』に限らず、こうした作品はそもそもがフィクションであり、完全な絵空事であり、嘘なわけです。ただ、1から10まで全てを嘘で作ってしまうと、誰もリアリティを感じてくれません。そこで、こだわりを持って作品を作ろうとしている監督やプロデューサーが、作品にリアリティを出したいと思った場合は、いろんなところの考証を付けたいと思うわけです。
 例えば、『宇宙戦艦ヤマト2199』や『THE ORIGIN』では宇宙船が登場しますが、それらのスイッチの位置などもなんとなく描くのではなく「これくらいの人が乗っていて、こういう使い方をするならば、この位置にあるだろう」ということを考えながらデザイナーさんがデザインします。実在しない銃に関しても、既存の銃を何らかの形でイメージとして取り込んでいても、「実際に使うとしたら、ディテールがこうなっているのはおかしい」と考えて描ける方をデザイナーとして依頼しますよね。そういう、細かいディテールにいろいろなリアリティが付くと、全体的にはファンタジーでももっともらしさを醸し出せるんです。SF考証もそういうものの一環として、作品世界やストーリーにリアリティを追加するという感じです。
—— スタンスとしては、現実世界とのつながりを示すのが重要なんでしょうか?
鹿野 自分の場合、リアルな科学についてはわりと詳しいと思っています。そこで、完全なファンタジーの物語に対して、自分の知っている今の科学の延長上で説明できるようなことを付けたりすることで、何かを感じてくれる人がいるんじゃないかと思っているんです。だから、そうした現実的な科学に準じた考証をやって欲しいという監督さんがいれば、作品に参加させてもらうという感じですね。
 旧作の『宇宙戦艦ヤマト』作中に七色星団というのが出てくるんですが、『ヤマト2199』では、地球側の名称としてタランチュラ星雲と呼ばれているんです。これには元ネタがありまして。このタランチュラ星雲というのは実在していて、『ヤマト2199』が制作される10年以上前にハッブル宇宙望遠鏡が七色に輝く美しい星団の写真を撮ったことで発見されたんです。そのニュースを聞いた時、まだ新しいヤマトの仕事があるとも決まってなかったんですが、「これは七色星団のネタに使える」と思ったんですね。そして、実際に『ヤマト2199』の仕事を請けた際には、このネタを使わせてもらいました。劇中ではたった2回くらいしか台詞として出て来ないんですが、その台詞を覚えていて、宇宙についての図鑑を観た時に連想して、興味を持ってくれる人がいるかもしれないなと。そういう形で、全ての人に理解してもらおうと思ってはいないですが、現実のアイデアをフィクションの中に盛り込んでいくことで、何かフックがかかるみたいに、いろんな方の琴線に触れる要素が込められるんじゃないかと考えて、SF考証をやっています。
—— 実際の作業というのは、脚本や絵コンテの打ち合わせに参加して、SF考証的に問題のありそうな箇所を指摘するという感じなんですね。
鹿野 そうですね。ただ、自分の場合は「ここはこうなっているからやめてほしい」というような否定的な話はせず、逆に素直に考えるとうまく行かないような話でも、「それは実はこうなっているから正しい」というようにするのが好きなんです。脚本家やクリエイターの方々のアイデアはなるべく活かしてあげたい。多少無茶なことを書いていても、やりたいことが判れば「ここをこうすると本物っぽくなりますよね」とアドバイスするようにしています。
—— 無茶に道理を付けるような仕事ということですね。
鹿野 そういうのが好きなんです。特にシナリオの段階だと、まだ固まりきっていない状態なので、いろいろと理屈を付け加える余地もありますし。
—— 演出面など、映像的なところにアドバイスすることはあるのですか?
鹿野 自分の場合はシナリオ会議に出ることがほとんどで、たまに絵コンテを見ることもありますが、絵コンテ段階で何かを変えるようなことほとんどはありませんね。絵を入れる段階でおかしなことが起こることも少なくないと思いますが、そうした状況ではこちらの意見を通すのではなく、クリエイティブな方を活かします。
—— 『機動戦士ガンダム』という作品に対する思い入れはありますか?
鹿野 放送当時は20歳くらいだったんですが、すごく面白がって観ていました。オニールの構想を取り入れた、スペースコロニーをはじめとするSF設定が、まず面白かったですね。ニュータイプという概念も素晴らしかった。一種の洞察力=先読みみたいなことができるけど、それはテレパシーなどの使い古されたイメージとは違うというように描いているじゃないですか。そういうセンスには痺れました。
 また、当時はよく判っていなかったんですが、人間ドラマ的にも素晴らしいなということも改めて思いました。特に漫画原作の『THE ORIGIN』では、人間ドラマ部分をより描き込んでいて、最近のアニメだとあまり描かれない部分、エースたちの中に混じっている平凡だけど懸命に生きている人たちも描くんですよね。劇中で言うオールドタイプという普通の人たちとニュータイプに覚醒した両方の人がいて、それぞれがそれぞれの立場で、なにをどう感じ行動していくかという様な描き方をする作品は、今では珍しいですよね。
—— 『THE ORIGIN』のSF考証としては、どのようなものが必要とされましたか?
鹿野 今回はリリーフというか、途中参加ですので、ほぼいろんなことが固まった状態だったので、あまり役に立てていないような感じです。作品の方針としては、可能な限り安彦(良和)さんの漫画原作に忠実にするということなので、台詞もそのまま使うようにしています。それでも、「現代的に考えれば、こうした方がいい」という部分もあるんですが、それをどう解釈して出来る限り漫画原作のままの台詞を活かせるかとやっています。「ここで、この単位を使うのはおかしい」とかそんなレベルですね。そういう意味では、本当にサブ的なポジションですね。
—— コロニー内部の重力などに関しても、細かい考証はされているんですか?
鹿野 そちらはあまりやっていないですね。例えばコロニー内で榴弾砲を軸方向に撃つのと、回転方向に撃つのでは、本当は飛び方が違うんです。「一応、こうなりますよ」とは言いますが、それを映像にまで使ってもらおうとは思っていません。それこそ、宇宙空間で爆発したら煙は出ないというのは有名なところですよね。でも、そんなことを言い出したら、全てのアニメが成立しなくなってしまいますから。そこは、演出重視でやってもらっています。
—— 宇宙世紀という世界観だからこそ、SF考証的に苦労している部分はありますか?
鹿野 ガンダムは、過去にものすごく蓄積があるので、こちらからあまり新しい事はつけ加えられないですね。ニュータイプやミノフスキー粒子は「こういうものだ」と決まっているわけですから。そこを変えようとするのは難しいですよね。例えば、ミノフスキー粒子は電波障害を起こすテクノロジーだと限定すれば、色々すっきり説明がつくんですが、これにミノフスキー・クラフトの飛行能力的なものも付加するとなると、理屈付けが難しくなる。でも、それを無かったことにするのはできないわけです……そうした難しさはついてまわりますね。
—— 『THE ORIGIN』の映像を観られた感想はいかがでしたか?
鹿野 すごくいいと思いました。やはり『THE ORIGIN』は人間ドラマが面白いですね。昔のガンダムファンなら「この人たちには、実はこういう過去があったのか」という部分がすごくリアルに感じられる。本当に生きた人間として、「この人たちが、後にこうなって行くんだ」という感じで、同じ人間の若い頃をうまく描けていると思うんです。こういうのって、アメリカのドラマなどではちゃんと描けているものが多いのですが、日本のドラマではあまりないんですよね。そういう点でも面白いなと思いました。
 また、例えばランバ・ラルとキシリアの関係なども、世が世なら二人は政略結婚でもしたんじゃないかとか、そんな想像をさせるような作りになっていて、そういう意味でのリアリティを感じるんです。そこまでやっているアニメ作品は少ないですよね。本当にドラマとして面白いので、ヒットして当然だと思いますし、そういう作品に少しでも関わることができてとても嬉しいです。
—— 改めて、ガンダムにおける宇宙世紀の作り込みを感じたということですね。
鹿野 そうですね。若い頃にガンダムのような、ひとつの作品世界にハマる人は多いと思います。ガンダムの面白さの一つは、聞いたこともない要素がいっぱい出てくるということなんですよね。人の名前やコロニーの名前、艦船やモビルスーツなどがたくさん出て来て、そうした他人の知らない言葉を覚えて世界観を理解するという物語は、思春期くらいの世代だとすごく面白いですし、一定の人にはハマる要素なんです。そして、その世界を貫く一貫した世界観がある。そういうことを楽しめる、確かな世界がそこにあると感覚がシンパシーを感じてもらえる、大きな要素の一つだと思っています。
 僕も子供の頃SF小説の『デューン』シリーズが大好きで、本の後ろには世界観を解説する辞書が付いていたりしましたし、『指輪物語』なんかも世界観の作り込みが物語の面白さにつながっていますよね。ファーストガンダムの成功はそういう作品と同じような徹底した世界観の作り込みあったと思いますし、そういう作り方をした富野(由悠季)さんは素晴らしいと思いますね。
—— では最後に、SF考証という立場から『THE ORIGIN』の第2話以降で注目してほしいポイントなどがあれば教えてください。
鹿野 第2話以降は、第1話ではあまり語られなかったコロニーについての描写が増えると思います。劇中でどこまで出てくるかは判りませんが、本格的な軌道計算などを含めたそのあたりの描写などにも注目して観ていただければと思います。
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