第13回
色彩設計

安部 なぎさ


 アニメーションの中で意外と普通に流してしまいがちだが、実は作品のテイストを示す意味ではとても重要なポジションとなっているのが「色彩」。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)という作品では、どのような経緯で劇中に登場する「色彩」が決まっていったのか? 色彩設計を担当とした安部なぎささんに、『THE ORIGIN』における「色」について語ってもらった。
—— 『THE ORIGIN』にはどのような経緯で関わられるようになったのですか?
安部 プロデューサーから「『THE ORIGIN』の企画が進んでいる」という話を伺ったので、ぜひやりたいと立候補させていただきました。ガンダムシリーズがもともと好きで、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』の色彩設計の補佐的な形で関わりつつ、版権イラストの彩色のお仕事なども担当していたのですが、いつか色彩設計として一人でガンダム関連作品に関わりたいと思っていたので、ぜひという形でやらせてもらっています。
—— 色彩設計とは、具体的にどのような作業を担当されているのですか?
安部 簡単に言うと、キャラクターやメカの設定線画が上がってきた際に肌や服、機体の色を考えながら作っていく仕事です。もちろん、自分で好き勝手に決められるわけではなく、監督と作品のイメージについて話をしながら決めていきます。今回は、安彦(良和)さんのイラストやカラー原稿をベースにしつつ、色の指定がないものは直接安彦さんと話をして、イメージをうかがったりしてまとめつつ、そこに自分のこだわりを入れて作業をしているという感じです。
—— 脚本やキャラクターデザイン、メカデザインの方は、早めに仕事を離れてしまいますが、色彩設計は基本設定を作った後も、お仕事は終わらないんですよね。
安部 ベースの色を作った後は、劇中シーンごとに変わる色を考えます。例えば、夜や夕方のシーンでは、服や肌の色が背景や照明に合わせて変わるからです。それは、全カットに及んで関わっていくので、トータルとして作品の色のバランスを考えています。また、作画作業が終わり、撮影が上がっても画像処理が入ると色合いが変わったりしますので、その調整を行ったりもしますので、作品には最初から最後まで長期間関わっていくことになりますね。
—— オリジナル作品だとゼロから色を決めて行きますが、今回は安彦さんの漫画原作があるということで、色味のイメージがしやすいということはありましたか?
安部 実は、そこが大変なポイントでした。カラーイラストを元にすれば楽そうなイメージがありますが、安彦さんは絵の具で色んな色を混ぜて色を作っている方なので、アニメのような単色ではないんです。シーンの見せ方によって、色味を大胆に変えたりすることも多いですし。そうした、安彦さんが何色で表現されているのかを読み解くのが難しくて。ご本人から直接お聞きすることもできたのですが、「特に何色かにこだわってはいない」と言われてしまうと、判断に迷うことも多かったですね。そこで、とりあえず自分のイメージする色で塗ってみて今西(隆志)監督に見せてから、安彦さんに最終的な確認をするという流れで作業をしていました。みなさんの持っている安彦さんの描くキャラクターのイメージを保ちつつ、トータルコーディネートする形で色を決めていったという感じです。
—— 『THE ORIGIN』ならではの色調やトーンというのはありますか?
安部 今西さんから「第1話は、背景も含めて暗めのトーンなので、色調も全体的に地味で暗いテイストになってしまうのは避けたい」という話をされたので、キャラクターの色味は背景よりも1トーン明るくすることで、背景より前に出るようにしています。また、色を綺麗に表現したいというオーダーもいただいていました。綺麗=明るいというわけではないので、その辺りのバランスには気を使っています。 その一方で、ミリタリー系の色味も多く使われていますが、そこもリアル志向の今西さんと相談しつつ、きちんと設定もあるのでしっかりとイメージを詰めて行きました。
 漫画原作を読んだ時は、個人的に暗い色調になるのではと想像していたのと、自分も元々は暗いシーンの色を作るのが得意だったので、ダークな色合いを想定していたんです。コミックスを読みながら、絵に対して自分脳内で暗い感じの色を着けていました。ところが、実際に作業に入ると「明るい綺麗な色合いで」というオーダーがあったのでちょっと戸惑いましたし、イメージを切り替えるのに苦労しました。だから、最初のころはプレゼンするたびに「暗い」と連呼され、「もっと明るく」と言われながら作業していたという印象はありますね。
—— CGで描かれたメカに関しても、『THE ORIGIN』ならではの色調があったりしますか?
安部 今回は、キャラクターとメカを馴染ませる方向での色調にしています。いきなりモデリングデータの色を決めるのではなく、線画状態のものに色を塗って色調を決めてからモデリングの色を付けるという流れです。例えば、シャア専用ザクに関しては、『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)ではピンク色が基調でしたが、よりリアルな方向性を今西さんと一緒に模索して、安彦さんからもOKをもらった結果、戦場で浮かないような色ということで濃い赤色になっています。黒い三連星のザクに関しても、黒に紫のイメージをもとに、リアルっぽい沈んだ感じの色にしています。
 CGのメカに関しては、「CGだから色数は気にしなくていい」と今西さんに言われたので、プラモデルなどを参考にして細かく色分けをさせてもらっています。
—— ベースとなっているファーストガンダムの色調を意識されたりはしましたか?
安部 昔の資料を見つつ、「昔はこうでしたが、今回はこのようにしたらどうでしょう」というプレゼンもしました。基本、過去の作品と見比べて考えていきました。当時は使用できる絵の具の数に限りがあり色数もかなり限られていたのですが、現在はデジタル化され色数は自由に使えるので、今風にアレンジするならどのように変えるかというところでいろいろと悩みました。
—— これまで関わられた他の作品に比べて、色数は多いのでしょうか?
安部 作品的には全体的に明るめの色調に感じるかと思いますが、シーンごとに細かく色を変えているので、通常よりは少し多めかもしれません。安彦さんも「部屋に入ったら、照明があってもベースになっている色とは違うはず」という考え方なので、基本的にはその都度背景に合わせて色を調整するという感覚です。
 色味は演出的な部分とも密接に関係しているので、安彦さん、今西さん、そして演出の江上(潔)さんという演出を担うお三方の意見を踏まえつつという感じですね。例えば、「悲しいシーンだから暗い色味にしよう」というイメージを言われたりしますからね。さらに、私の好みも入ってくるので、それぞれの演出意図に沿った意見の折衷案になるものをどう提示するかという部分もあったので、色数は自然と多くなりましたね。
—— 色を決めるという部分で、演出的なやりとりなどの流れも考えると、なかなか大変な仕事ですね。
安部 こういう話をすると「大変ですね」ってよく言われるんですが、自分としてはすごく楽しくやれています。『THE ORIGIN』は、タイトル的にも大きい作品ですし、もちろん作業的には大変な部分もありますが、ガンダム関係は昔からやりたかった仕事ということもあって、現場では一番仕事を楽しんでいるのではないかと自負しているくらいです(笑)
—— 作品全体として、どのような部分にこだわって色彩設計を行いましたか?
安部 安彦さんらしい感じを表現したいなと思いました。ただ、「安彦さんらしさ」を追求してしまうと、安彦さんが描くカラーイラストのようなイメージになりますし、それはなかなかアニメで表現するのは難しいですからね。だから、昔懐かしい感じと今風のデジタルっぽいバランスを合わせることで、懐かしいと思いながら観る旧来のファンと、この作品から安彦さんのテイストに触れる新しいファンの両方が気持ち良く観られるように気をつけたつもりです。
 また、今回はポスタービジュアルでも色合いをこだわっています。第1話では、「赤」という色を基調にしながら、真ん中にシャアが立っているビジュアルなんですが、赤の中に赤い服の人物を立たせるという部分で、今西さんとは何度もやりとりしました。ポスターに関しては、第2話以降も色合いでどのエピソードかが判るような形で「色」を提案して行ければと思っています。
—— それが、作品全体として伝わる、明るい印象につながっているということですか?
安部 そうですね。暗いシーンが続く映像だと、後半に目が辛くなってくることが多いのですが、色に関してストレスなく観られるように工夫したので、最後まで気持ちよく観ることができるようになっていたのではないかと。色調を、単に明るい方向に振るのではなく、絶妙なバランスで、色を綺麗に見えるようにしていくというのが大変でした。今西さん自身も色に関しては思い入れが強くて、他の監督よりもしっかりと意見を言っていただけたし、「作品において色は大事だ」と言ってくださるような方だったので、理解があってありがたかったですね。
—— 色彩設計という立場として、『THE ORIGIN』ではどこに注目して観てもらいたいですか?
安部 さきほど言ったことと重複してしまいますが、安彦さんらしさを重んじつつ、初めて観る方にも入りやすい色合いのバランスで色を作っているので、そこに注目していただけると嬉しいです。色彩設計の意図についてはなかなかお話する機会がないので、今回お話したような部分にも注目してもらえると、作品がまた違った見え方になると思います。

 リレーインタビュー連載、次回はSF考証の鹿野さんのご登場です。
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