第23回
軍装装備デザイン

草彅 琢仁


 『機動戦士ガンダム THE ORIGN』(以下、『THE ORIGIN』)の制作にあたって、兵士たちの装備や地球連邦軍とジオン公国軍の階級章のデザインや設定が、より細かく設定されることになった。それらのデザインを担当したのが、ミリタリーの軍装や装備に深い造詣を持つデザイナーの草彅琢仁さん。これまでのガンダム作品にはなかった緻密な軍装・装備関係のデザインはどのように生まれたのか? その経緯や作業の内容について伺った。
—— 『THE ORIGIN』にはどのような経緯で参加することになったのでしょうか?
草彅 今西(隆志)さんとは、バンダイホビー事業部から発売された『U.C.HARD GRAPH』という、ガンダムのプラモデルを1/35スケールのミリタリー調で立体化するという商品で仕事を一緒にやらせていただきました。そこで、宇宙世紀の軍服にリアリティを与えるデザインを担当させてもらったのが最初です。その後『機動戦士ガンダム MS IGLOO2 重量戦線』にも同様の仕事で引き続き参加することになり、そうした流れから『THE ORIGIN』でもまた声をかけてもらったという感じです。
—— ミリタリーという括りはかなり大きいですが、その中でも装備品に特化したデザインというのも珍しいですね。
草彅 ミリタリーに関してはメカも含めて全般的に好きなので、装備品関係が専門というわけではないんです。ただ、軍装や装備品というのは、兵士の生き死にに直接関わる部分でもあるので、愛着があるというか、人間味を感じるんです。人が直接扱うという部分には大きな魅力を感じますね。各部の形状などは、「機能美」という意味ではまさにそのままですから。軍装などは機能美を追求した結果、カッコイイ形になったり、面白い形になったりするし、一周回って「これって、本当に機能美なのか?」と疑問を持つものも発生する。そうした頑張り過ぎている感じも好きですね。ミリタリーものは、普通のアパレルと違って、「売れるカッコイイもの」とは方向性が違いますから。とは言え、デザインとしてのミリタリーは一般的過ぎるので、『THE ORIGN』では、それをさらに軍装装備という形で元に戻す、特殊なデザイン仕事という印象ですね。
—— 今回の仕事は、どのような形で作業を進められたのですか?
草彅 『THE ORIGIN』では企画段階から関わらせていただいていて、最初はどの方向で見せていくかというデザイン的な模索から入りました。アニメの設定にミリタリーのデザインを乗せて行くと、リアリズムの方向にディテールが増えていったり、画作り的にもリアルなものが増えて行きそうな気配があったんです。「本当にハイディテールで、細かい設定や描き込みまで作業できる絵になるのか?」という疑問を持ちつつ、最初は着地点が判らないまま作業していました。そうやって企画が進むに従って、なんとなく全体の形というか、スタイルが見えてきたという感じですね。とは言え、どのくらいリアルに描いていいのかという部分で、最初は試行錯誤がありました。アニメーションは、基本的には線を減らしていった方がラクですし、3Dで作っていた『MS IGLOO』や『U.C.HARD GRAPH』とは違いますからね。リアルな軍装の2D化を念頭に置いて作業していた感じではあります。
—— 『THE ORIGIN』は安彦(良和)さんの漫画原作の映像化ということで、やはり漫画原作に登場する軍装などの検証から始まっているという感じでしょうか?
草彅 それもすごく大事なことなので、とても時間をかけました。基本的には、コミックスの検証をしつつ、そこにリアルをプラスαしていく仕事だと思っていたので。さらに、最初の『機動戦士ガンダム』の元々の設定を含めた考証をするという要素もあり、そのあたりが最も時間がかかりました。考え方を変えれば、『THE ORIGIN』という大きな箱の中で、『機動戦士ガンダム』のデザインを現在の視点で改めてリファインするというチャンスでもあったわけです。そうなると、やろうと思えば、いろいろとハイスペックな形で変えていくことはできたと思いますし、そういう可能性もありました。そうした可能性の模索をしつつも、やはり最初の『機動戦士ガンダム』と『THE ORIGIN』の漫画原作のコミックスの雰囲気をなるべく大事にしたデザインにするというスタイル、いい意味でアナログ感があり、手描きの雰囲気が残る方向でやることになりました。とは言え、ガンダム作品といえばメカものですし、今やるならばメカのディテールと同じように軍装や服、小物のディテールも、今の目から見て違和感がないようにリファインする必要があるかなと思いました。
—— 確かに、『機動戦士ガンダム』は36年前の作品であって、当時の軍装から比べると、現在では機能性や形状は大きく変わっていますからね。
草彅 やはり、お客さんもいろんなものを見てきていると思うんです。ガンダムは未来の話だけど、現実世界の軍装もかなり進化していて、それこそSF風のものもたくさん存在しているので、作中のデザインを現実が追い越している感じもあるわけです。そういう部分を、もう一度『機動戦士ガンダム』をやり直す状況に近いならば、プラスαの要素として入れられるのではないかと。そのために、最初はいろんなパターンを描いて、どれくらいの表現がいいのかという最適な見せ方を探るという作業もありました。もちろん、今でもラフを描いて安彦さんと今西さんのチェックをいただいてから進めるというやり方は変わっていません。
—— イメージのすり合わせ用のラフ画稿というのはかなり描かれたんですか?
草彅 僕自身が、どれがベストなのかを探るという部分もありましたし、ベースを描かれた安彦さんや実際に描く事になるスタッフの方々にとって違和感がないものを知る必要もあったので、ラフに関してはわりとたくさん描きました。個人的にはもっとハイテクな未来っぽいアプローチもトライしてみたい部分ではあったんですが、それは作風に合わないし、やり過ぎるとガンダムの世界を逸脱してしまうので。そのあたりは、実際にやってみて独特のバランスで出来ている世界なんだなと再認識しました。地上部隊に関しては、若干クラッシックな印象があって、装備的にはベトナム戦争時から現在の我々が想像のつくミリタリズムの範疇という感じですね。そして、舞台が宇宙ということで、ノーマルスーツが加わるとグッとSF度が上がるわけです。現在使用されている宇宙服に比べるともっとスマートでスポーツウェアみたいな宇宙服になっていて。そういう意味では、未来感と現実感のバランスは独特ですね。
—— 今回は、兵士の軍装だけではなく、武器や装備も担当されているのでしょうか?
草彅 「軍装装備デザイン」とクレジットされていますからね。いろいろと描いています。でも、そもそも「軍装装備デザイン」はどんな仕事なんだというと、僕自身よく判っていなくて(笑)。企画に参加した際には、特に肩書きもなく参加していたのですが、作品が仕上がっていくにつれて肩書きが必要になりまして。「ミリタリーデザイン」となるとメカも含めた全般になってしまうし、今西さん案の「BDUデザイナー」というのもあったのですが、BDU=バトルドレスユニフォームというと追加の説明が必要になりますし、それ以外の部分のデザインもやっているわけですし。本来であれば衣装関連はキャラクターデザインの範疇で、ナイフや水筒、スコップなどはプロップデザインの担当なのですが、そのあたりを描きつつ、さらには美術的な軍隊が使用する特殊なテントやアンテナなどもデザインしているということで、「軍装装備デザイン」という形で落ち着きました。
—— デザインの範囲が幅広いですね。
草彅 そうですね。さらに今回は階級章も担当していまして。それがすごく大変な作業でした。地球連邦軍とジオン公国軍の両方の軍隊として正しい階級章を作るというのが、『THE ORIGN』における僕のもうひとつの命題でした。階級章に関しては、これまでの36年間で多少の決まりはあってもキチンとしたルールのもとに描かれることはなかったんですよね。ですが、今回はシャアの若い頃から描かれ続けるということから、階級章にも着目しないわけにはいかない。シャアが士官学校からどんどん軍人としてのキャリアを積んでいくにあたって、階級も上がっていくわけなんですよね。『機動戦士ガンダム』でも階級章には多少のバリエーションが描かれていたのですが、今回はきちんとルールを設けて統一して描くという目論みがあったんです。そこにすごく時間と労力をかけました。結果的に、ジオン軍と連邦軍のどちらも破綻のない階級章ができましたので、今後これがガンダム作品において有効活用されるのではないかと思っています。
—— 階級章のデザインを拝見したのですが、かなり細かい部分まで設定されていますね。
草彅 本当に考え抜いた結果ですね。これは作品のひとつの指針として必要だし、これをやらないと先に進めないような気がしていたのでかなりの時間をかけています。ガンダムはSFであり、アニメ作品でもあるのですが、ミリタリーっぽさもひとつの魅力ですからね。ミリタリーらしさの補強というか、軍隊ものとしてのタイトさや厳しい世界であることの裏付けとしての階級章を、軍内のヒエラルキーも含めて考えました。

—— 地球連邦軍とジオン公国軍ではどちらが大変でしたか?
草彅 ジオン公国軍の方が大変でしたね。地球連邦軍はけっこうシンプルで、階級が上がっていくと星が増えたり、線が増えるという規則性が比較的分かり易い。それに比べてジオン公国軍は前時代的な、まさに宇宙貴族みたいな感じなので、そこに合理性がなかったりするんです。合理性よりも美しさみたいなものがジオン公国では大事だったのだろうなと。そんな考え方の違いが軍の階級章にそのまま出ているような気もしました。階級章は規則性がないと作ることができないので、これまで雰囲気で描かれてきた階級章を精査して、ギリギリ納得のできるというか、うまくはまるような規則性を何とか作り出しました。その他、連邦にはなくてジオンにはあるという階級が存在するなど、実際の国によって階級が違ったりすることと同じような作り方はありなのかなと思いました。
—— 軍の制服や階級章に関しては、実在するものを参考にしたりしましたか?
草彅 これまでの流れから言うと、ジオン公国軍がかなりドイツ化しているというのは当たり前ですよね。多分、出渕(裕)さんのせいなのですが(笑)。ジオンがドイツとシンクロしているのはいいとして、「地球連邦軍のベースはどこなのか?」という問題がありまして。無難に米軍なのかと思うところもあるのですよね。野戦服みたいなものはベトナム戦争後のアメリカ兵のイメージが残っているかとも思いますし。でも、いわゆる普通の地球連邦軍の制服、あの詰め襟の制服に関しては、安彦さんが旧日本軍のイメージを重ねていると考えたんです。第一種常装と第二種常装と名前を付けたのですが、礼服だけじゃなくて普段の勤務から詰め襟の制服というのは旧日本軍に近いですし、肩章の付け方も似ている。だから、実際の旧日本軍の襟章や肩章のサイズを計って参考にしました。ただ、本物に合わせると肩に付かなかったりするので、厚紙でいちばん良いサイズを現物で作って、それを基本としたりと、架空の軍隊ではあるのですが、細かい部分までこだわってやっています。ただ、未来の世界が舞台なので、旧日本軍っぽさが目立たないバランスには気を付けています。また、制服の色の違いに関しても、階級章と合わせてTPOによる使い方の違いなどを決めることができたので、大変風通しが良くなったと思います。


—— 分量がかなりあったと思いますが、作業としてはどのあたりが楽しかったですか?
草彅 全体的なイメージを崩さずに未来的にするという作業をしていたのですが、第3話の後半でシャアたちが着用することになるランドムーバーを新解釈してデザインをしていく作業は楽しかったですね。こうした、元からアイデアがあるものを、より理屈を付けてデザイン的にアップデートしていくのは面白いです。

—— 安彦総監督や今西監督とはどのような話をしましたか?
草彅 安彦さんもこうした、衣装のデザインを分業するというスタイルでやると言った時には、いろいろと考えるところがあったと思います。安彦さん自身は、作画の時の作業量みたいなものをすごく気にされる方で、線の多いものや形のとりづらいものは現場の負担になると考える方なので。後から聞いたところによると、ご自身がキャラクターの設定画を描く際に、僕の描くデザインをあてにしていたそうなのでそこは苦労した甲斐がありましたね。今西さんとは、かなり初期の段階からどのようなスタイルにするかで多くのやり取りをしました。僕が示すデザインがSF過ぎたり、未来過ぎる形だったりするとそこをセーブするように指示がありました。そこでいろんなアドバイスをもらい、さらには独自に資料を集めてきて「こういう感じはどうか?」という提案や説明は助かりました。今回の仕事は、今西さんの持つミリタリーやアニメーション表現のこだわりの部分を担当しているのだろうなという感じはします。キャラクターがあって、メカがあって、ちゃんと揃っているのですが、それ以外に今まで形にならなかった大事な部分があるのだと。それが、こうした軍装や階級章という部分にあるのだと思いますし、いろんな細かい美術や装備品などのいろんな分野にわたってしまっているのではないでしょうか。
—— 今回の仕事に関わる前から『THE ORIGIN』は読まれていましたか?
草彅 連載時から読んでいました。安彦さんの作品は、『THE ORIGIN』以前の歴史ものも好きで読んでいたんです。そういう意味では、過去の歴史ものとイメージが被るところとかいいですよね。馬に乗ってキシリアが登場するシーンなんかは『虹色のトロツキー』に登場する満州の馬賊の女頭領のようでしたし。そういうアニメの『機動戦士ガンダム』には無かった、安彦さんの濃い部分が『THE ORIGN』では楽しめるので面白かったです。安彦さんの描く『クルドの星』や『虹色のトロツキー』には、いかにも安彦さんの好きそうなテーマがあり、そこにちょっと反社会的な主人公が巻き込まれて行く様というのが多くて、そのスタイルが今回の作品にも垣間見えますよね。ランバ・ラルとかハモンが入り浸っているバーの雰囲気なんかは、過去作にも登場している反社会的な運動をしている人たちのアジトのような感じがあって、単なるコミカライズにはない面白さが好きです。社会運動的にガンダムを観ているのが興味深いですよね。
—— そうした部分を踏まえて、アニメの仕上がりはいかがですか?
草彅 個人的には早くメカの戦闘が見たいです。「シャア・セイラ編」ということで、MS開発以前の話なので仕方がないですが、楽しみです。作品としては、安彦さんのアナログ感がかなりしっかりと再現されていて、凄いなと思っています。描画などは、安彦さんの漫画原作での筆使いを彷彿させるような感じで。最近だとカッコイイものを「COOL(クール)」といいますけど、クールじゃなくてカッコイイ。画面の温度が熱いですよね。むしろ「HOT(ホット)」ですよ。そんな格好良さを感じています。最近は、メカとの親和性もあってクールな方が未来感もあるし、カッコイイしスマートだという時代ではありますが、あえてその時流に乗らない新しい格好良さを追いかけているような気がしますね。これからメカ描写も増えて行くので、またそこでの発見もあるような気がします。それこそ、兵士レベルの軍装みたいなものまでこだわりを入れ込んでいるので、車輌やモビルスーツ、戦艦のエンブレムや形式番号なんかの濃い情報がいろいろ載っていくと思いますし。そのあたりを、個人的には楽しませてもらえればと思っています。
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