第32回
キシリア・ザビ役

渡辺 明乃


『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)にて、圧倒的な存在感を見せるザビ家の女傑、キシリア・ザビ。『機動戦士ガンダム THE ORIGN Ⅳ 運命の前夜』においても、ジオン独立戦争の開戦を前に暗躍する姿が印象的なキシリアを演じた渡辺明乃さんに、彼女のキャラクターとしての魅力、演じる上でのポイントなどを語ってもらった。
—— キシリア役はどのように決まったのでしょうか?
渡辺 最初は、少年時代のキャスバル役でオーディションを受けに行きまして、そこで音響監督の藤野(貞義)さんから「ちょっと、こっちの役もセリフを読んでみて」と言われて、キシリアとハモンのオーディションも一緒に受けました。僕は自分のオーディションのことしか判らないのですが、『THE ORIGIN』ではかなりの人数の方が複数の役のオーディションを受けていたみたいです。
—— オーディションを受けた役の中では、誰が難しかったですか?
渡辺 ハモンが大変でした。オーディションを受けている最中は「ハモンは僕のものだ」くらいの気持ちでセリフを読んでいましたが、やった瞬間に「だめだ、勝てない」と思いました。全然包み込むような優しさが出せなくて、ハモンっぽくないなと…。でも、たったの10分くらいでしたが、その間にこの役が自分のものだと思えたから、これはすごいことだなと感じました。
—— そして、最終的にキシリア役が決まったわけですね。
渡辺 キシリアに関しても、やってみたら難しくて自分ではできないだろうと思っていたんです。でも、キシリア役に決めていただいたのでやるしかないなと思いました。やはり、どうしてもキシリアと言えば小山茉美さんのイメージが強く残っていまして。本当に染みついている感じなんですよね。圧倒的な存在感や怖さを持っていますし、真似をしようというわけではないのですが、「あのラインに似せようとしてしまうんじゃないか?」と考えてしまうことが多くて、収録前が一番怖かったかもしれません。かつての『機動戦士ガンダム』と『THE ORIGN』ではキシリアとしてやっていることや描かれ方は違うわけですが、どうしてもどこかで小山さんの声が聞こえる気がしてしまいます。演じる上では、そういう怖さが印象的でしたね。
—— 安彦良和総監督も、キシリアは重要なキャラクターだと語られていますが、何かお話はされましたか?
渡辺 確かに、重要なキャラクターであるということは仰っていました。ただ、具体的なアドバイスみたいなことは言われずに、世間話的に「キシリア役なんですね。悪い女ですから、大変ですね」というような話をした程度です(笑)。
—— キシリア役に対しては、どのような姿勢で臨みましたか?
渡辺 キシリアは切れ者なのですが、あと一歩の詰めが甘いところがあるんですよね。考えてもいるし、洞察力も行動力もあり、さらにザビ家の人間だから行使できる権力もそこそこある。だけど、女だから、女ゆえ、女だてらと、どの形容詞が当てはまるか判りませんが、どうしても兄や父親に対する劣等感だったり、「私の方がすごい」と見てもらいたい欲も強いのだろうと思います。そのおかげで、自分からどんどん行動を起こして、それが功を奏して地位を固めることができたのではないかと。その一方で、やはり環境的に愛情不足の中で育った子でもあるのだろうなと考えています。お兄さんが「キシリアはいい子だ」と褒めるタイプだったら、彼女はこうはならなかったと思います。その結果、承認欲求がすごく強く、間違った方向に憎悪や「自分の方が優れている」という顕示欲が出てしまっていて、そこが彼女の今一歩足りない部分に反映されているのではないかと考えています。そうした完璧そうで完璧ではないところが彼女の魅力だし、ウィークポイントでもあるので、そういう部分はすごく意識して演じています。
—— 一般的なイメージだと、キシリアは完璧な悪女としてとらわれがちですが、その裏にあるコンプレックスこそが、演じる上で重要な要素であったという感じでしょうか?
渡辺 常に「悔しい」とか「嫌だ」という負の感情を持ちながら生きている人なのだと思います。それゆえに颯爽としていたり、気丈でいたいという気持ちも強い。子供のキャスバルを相手に、ちょっと捻ってやろうと思って会いに行くと、本気で圧倒されてしまい、それをわざわざギレンに報告する姿なんかはすごく女性的だなと感じますし、女性だからこその承認欲求的な考え方は重視しています。
—— 実際にキシリアを演じてみて、難しさはありましたか?
渡辺 やっぱり難しいですね。かつての『機動戦士ガンダム』という作品が大前提としてあって、キャストが大きく変わる中、シャアやアムロ、ギレン、カイはオリジナルキャストの方がいらしているので、先輩たちに追い着け追い越せという気持ちを持ちつつも、足を引っ張りたくはないですからね。でも、『THE ORIGIN』は僕らなりの新たなキャストで作るガンダムでもあるわけですから、難しいと言えば難しいですが、ゆえに面白さも達成感もありますし、気持ちの良さもあります。そういう意味では、始まる前に、家でいろいろと考えている時が一番緊張したかもしれませんね。今はやっていくしかないので、ある程度吹っ切れています。
—— 第4話では、これまでと違うキシリア像が描かれていますが、演じてみた感想はいかがでしたか?
渡辺 茶目っ気たっぷりのキシリアさんでしたね。変装して月に行くわけですが、やっていることは残虐非道なのに全体的には何か楽しそうでした。ベルクマン少佐が裏切っていることを、彼女は知っているはずなので、それをわざわざ同行させて、自分の一番近い距離の相手として置いて、全部の尻尾を掴みきったところで殺すという。酷いですよね。でも、あの姿は今後出てくることのない、「私も女なのよ」と主張するような彼女のお茶目な部分なのかと思って演じさせてもらいました。
—— 第3話のアフレコ終了時のコメントで、「これからどんどん怖くなります」と言われていましたが、今回の演技も含めた意味で言われていたのでしょうか?
渡辺 キシリアに関して言うと、茶目っ気みたいなところはこれが最後になると思います。この先話が進んで戦争が始まれば、茶目っ気どころではないですから。とは言え、やはり今回のキシリアも怖いですよね。ベルクマンに関しても、裏がとれるまでわざと野放しにしつつも、絶対に相手が動揺して動きだすことを仕掛けたりする。自分も楽しんでいるような部分もありつつも、腹の中では相手がどう出るかを考えているのですよね。そういう部分は怖い人だなって思いますね。
—— 渡辺さんは、そんなキシリアに共通点を感じたりしたことはありましたか?
渡辺 共通したくないですよね(笑)。だけど、ある程度我が強いのは似ているかもしれませんし、詰めの甘さも似ているような……。詰めが甘いなって思うような人生の現場もないですが、彼女の要領とは比べられませんね。あと、気性も似ているかもしれません。やはり、この仕事は自分の中にある要素を想像で膨らませてお芝居するので、自分に全くない因子というわけではないと思います。でも、キシリアと似ているか似ていないかでいえば、「似ていないです!」と言われたい(笑)。似ていると言われると複雑な気持ちになります。
—— 『機動戦士ガンダム』という作品に関しては、これまで観たことがありましたか?
渡辺 もちろん、作品は観たことがありましたので、ある程度は知っていました。『THE ORIGIN』に関しては、キシリアの役が決まってから漫画原作のコミックス全巻を揃えたという感じですね。TV版の『機動戦士ガンダム』を過去に観ていて、脳内補正をしていたせいもあって、コミックスとして改めて描き直される名シーンの数々は「こんなにあっけなかったのか」と感じながら読ませていただきました。この速さ、この切なさ、この瞬間的な描写が戦争なんだなと印象に深く残る感じでした。また、要所要所でTV版の内容を忘れていたりもしたのですが、『THE ORIGIN』を読んで蘇ってくる部分もあり、また過去編としてキャスバルが赤い彗星のシャアになるまで読めるということも凄いですよね。TV版で語り足りなかった部分もちゃんと掘り下げていて、丁寧にやってくださっているなと。それこそ、新たな解釈で描かれた歴史小説を読み返すような感覚に近くて、「判っていたことの裏に、実はこんなことがあった」というような、多角的な描かれ方が素晴らしいですね。
—— 『THE ORIGIN』に登場するキャラクターの中で、好きなキャラクターは誰ですか?
渡辺 アストライア様が好きですね。キャスバルとアルテイシアを送り出すシーンでは、収録中にすごく泣いてしまいました。大きい愛情を持ちながら、二度と会えないと判りながら見送る母の気持ちにはグッと来ましたね。本当に辛い別れで、前日の夜に「月の満ち欠けを数えれば会える」と言ってあげるシーンも泣けますよね。あの母親の気持ちって凄いなと。アストライア役の恒松あゆみさんのお芝居もすごく良かったです。あのシーンは何度観ても泣きます。ただ、アストライアに関してはオーディションで「受けてください」の「う」の字も出ませんでした。「ああ、それはないんだ」って思いました(笑)
—— では最後に、『THE ORIGIN』を楽しんでいるファンにメッセージをお願いします。
渡辺 第4話は、ファンをお待たせしてきたモビルスーツ戦がようやく展開します。ガンダムはまだちょっとしか出て来ませんが、その出方も含めて楽しんでいただければと思います。キシリアとしては、キャッキャとしながらも虎視眈々としている様子や、先々のことを考えて行動する姿に注目して欲しいですね。あとは、やはりシャアとララァの出会い。今までにない熱情を持ったシャアの姿が描かれるので、そこは大きな見所となっていますので、そうした部分を含めて作品全体を楽しんでいただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

リレーインタビュー次回は美術監督の東潤一さんと美術設定の兒玉陽平さんにご登場いただき、『THE ORIGIN』の美術についてお聞きしたいと思います。
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