第33回
美術監督  美術設定

東 潤一 × 兒玉 陽平(前編)


アニメ作品において、世界観の広がり、舞台となる場所の存在感や説得力を持たせる役割を担っている「背景美術」。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN)』においても、新たに描かれる宇宙世紀の世界観作りには「背景美術」を欠かすことはできない。そこで今回は、『THE ORIGIN』の美術全般を担当する背景制作会社のスタジオ・イースターに所属する、美術監督の東潤一氏と美術設定の兒玉陽平氏に、前後編の2回にわたってお話を伺った。
—— まずは、美術監督、美術設定とはどのようなお仕事をされるのかを教えてください。
 美術監督というのは、その作品の世界観を監督や演出の意図に沿って画面上に再現していくことを担当する仕事です。基本的には、監督よりも各話の演出の方とやりとりすることが多いので、演出の方が話数によって変わっても、全体のトーンが変化しないようにバランスを取るのも美術監督の仕事です。
兒玉 美術設定というのは、画面に出る前の段階で、美術に関わるデザインを作るという仕事になります。
 美術設定というのは、舞台設計みたいなものです。世界観の設計図だと思ってください。美術監督が描く美術ボードというのは、世界観の雰囲気だと思っていただければ、その違いが判ると思います。美術ボードは、世界観の色合いや空気感、匂いなどを作るもので、美術設定というのは美術セットを作る建築家のような仕事です。だから、デザイナーというと美術の世界では美術設計を指して、背景美術に関してはデザイナーとは言いません。イメージとしては、アートディレクターに近いですね。美術は美術デザインの作った線画を、どういう世界の雰囲気に色づけしていくかというのが仕事になります。色を使うのが美術の仕事であるという方が判り易いですね。
—— アニメの制作現場では、キャラクターやメカの色を決める「色彩設定」というお仕事がありますが、美術は世界観の色を決めるということですね。
 そうです。美術設定も背景美術も一緒くたに「美術」と言われますが、違いは一般的に判りづらいですね。アニメーションの一般的な認知度が最近はすごく上がっていて、背景美術を追いかけて観ているマニアの方も多くなっていますし、監督たちも背景に期待をかける比重もここ10年では大きくなっているような気がするので、多少はその違いに注目してもらえるようにもなってきているのが現状です。その一方で、作品内で美術設定も含めて、美術背景にかける期待や監督の思い入れもすごく大きくなっているので、そういう意味ではありがたいですし、なかなか大変にもなりましたね。
—— 美術関係は、流れとしてどのあたりから作品制作に関わるようになるのでしょうか?
 通常、作品の企画開始の段階で、美術、背景、設定に関する打診があります。その段階で、作品の世界観などを確認して、うちでできそうであればお請けして、そこからスタートすることになります。作業としては、世界観などの全体像を監督や演出の方とお話をして、まずは美術設定からスタートします。それらの作業がある程度進んで、シナリオが出来たあたりで今度は色の世界をどうしていくかという部分を、美術ボードを描くなどして進めて行きます。その後、絵コンテが出た段階で今度はより詳細な背景の打ち合わせをするという段取りですね。
—— 『THE ORIGIN』は、他の作品に比べると背景美術的な枚数などは多いのでしょうか?
 『THE ORIGIN』はカテゴリーとしてはOVAですが、イベント上映も視野に入れているので、特殊な作品ではあります。そういう意味では、一般的なOVAと比べるとかなりのボリュームでもありますし、内容的にもいろんな場所を描く必要があり、シーンのバリエーションも多いので、なかなか大変な作品であることは確かです。
—— 『機動戦士ガンダム』という元がある作品を再び現代風に作り直すという側面もあるわけですが、美術設定面ではどういったところに気を付けていますか?
兒玉 設定の仕事自体、作画さんと美術ボードを描く方の両方に向けて、世界観の説明をデザインに乗せて作っていかなければならないので、総合的な仕事ではあります。そうした中で、名作である『機動戦士ガンダム』の美術を新たに設定するとなると、好き勝手にやってはいけないという部分と、オリジナル作品ではあまり詳細に設定が描かれていなかった部分を補完するという作業が混在しています。その辺りにうまくオリジナリティを加えながら、僕の場合はより緻密に描いて行くという方法をとることで、昔のものの良さを残しつつ、現代的な緻密さを出しながらデザインするという組み立て方をしています。
—— 具体的にはどのような作業がありましたか?
兒玉 僕自身は、「コンセプトデザイン=意味のある形」という部分に最も重きを置いているので、新たにデザインし直すにあたっても、そこはこだわりました。第5話から登場するズム・シティ公王府が良い例になります。ザビ家の人たちが住む、オリジナル版でも印象深い、「悪い人たちを象徴するような、悪魔の顔の様な形をした建物」ですね。みんなが良く知っているデザインの建物だからこそ、あの特殊な形はそんなに崩してはいけないけど、今風にどのように表現するかは悩みました。そこで、まず「あの顔のような形にどんな意味づけをするか?」という部分のコンセプトを考えました。漫画原作を読み込むことで、デギンの「あれは鬼になった。ダイクンの無念が悪魔に変じてあれに憑いたのだ」という言葉を見つけたので、そこで語られるスペースノイドの地球に向けられた情念みたいなものが形として現れたというような意味づけをしながら、ルドルフ・シュタイナーという人物が提唱した、多面を組み合わせた造形的で彫刻的な建造物を作った「シュタイナー建築」と教会建築的な考え方を融合させるような方向性でコンセプトをまとめました。そうしたコンセプトを理解していただくために、文書にまとめつつ、コンセプトデザインという形で安彦さんに提出し、こちらの考えとイメージを理解していただくようにしました。その結果、安彦さんからも、コンセプトに対する理解を得ることができ、新しいデザインへと仕上げることができました。公王府のフォルム自体は変えず、論理的に考えながら、現代版として正しい方向で提示することは、本当に難しかったです。こうした流れで、『THE ORIGN』では、単なる現代的なデザインのアップデートではなく、コンセプトの部分から洗い直すことで、美術デザインに臨んでいるという感じですね。

—— 安彦良和総監督とは、どのようなやりとりをされていますか?
 美術や背景に関しては、各話ごとに新しいシーンのイメージに関する説明を安彦さんから受けています。一方で、作品の全体像に関してのお話はしていません。ガンダム関連作品は、『機動戦士Zガンダム』をはじめ、『機動戦士ガンダム0083』から、『機動武闘伝Gガンダム』までいろいろとやらせていただいています。そのためか、「ガンダムの世界」という部分では、共通認識があると思っていただいているので、直接的な説明などは受けませんでした。
兒玉 美術設定に関しては、安彦さん自身が「こう思っているから」という要望をオーダーとして出されます。例えば「ギレンはこういう人間だから、こんな部屋にしよう」というような感じですね。そうした、漫画原作者であり総監督としての特殊なオーダーが出るので、それをまず叶えられるように大事なポイントを押さえつつやっています。オーダー自体が大変な時もありますが、安彦さん自身が「こう描いて欲しい」というイメージを細かく持っておられるので、その場でサラサラっと簡単な絵を描かれて「こういう画角、アングルで」という感じで、具体的に言っていただける時は分かり易いですね。一方、安彦さん自身がコミックスを描かれた時に納得が行っていないものを描く際は、具体的な指針がないため、答えを自分で探すしかないので難しいです。そういう場合は、いくつかパターンを出して方向性を確かめながら作業していますね。
—— 美術関係でのデジタル化は進んでいるのでしょうか?
兒玉 美術設定に関しては、デジタル化はしていません。もちろん、3Dでデザインされる方もいますが、けっこう時間がかかるし、手で描いた方が速かったりします。デザインは、最初に鉛筆でおおまかな形を描いて、そこから段々形状やディテールを決めていくことが多いので、PCを使わず手描きの方がなれているという感じがあります。
 背景美術に関しては、ほぼデジタル化されています。とは言え、デジタルとアナログの違いは、実はそんなにないんです。基本的に絵を描くという部分に変わりはないので。今のTVシリーズと業界的な仕事の流れでは、背景はデジタルを使わないと作業が追いつきません。それは、監督の演出の要求に対して、アナログでは追いつかない部分がたくさんあるからです。そういう意味では、デジタルを使うことが業界の主流にはなっていますね。一方で、劇場の大作などでは、絵の具でじっくりと描き込んだものの方が厚みを出せることもあります。それは向き不向きの問題でしかないので、一部では絵の具による手描きが残っています。いずれにせよ、デジタルで描いたものは撮影用の素材としてスキャンする必要はないですが、絵の具で描いたものはスキャンしてデジタルデータ化しないと、現在のアニメでは使えません。そういう時間的な意味でもデジタルが主流になっています。
—— 『THE ORIGIN』では、背景も3Dモデリングと合致した形で使われるシーンも多いですが、そこも工程としては変わってきているところですか?
 今、美術業界に関して言えば、第二次変革期に入っているという感じです。最初の変革期は、「Photoshop」というソフトを使って、アニメの背景作りを効率化していくというものでした。そして、現在訪れている第二の変革は、背景マンたちが3Dソフトを使うようになってきたということなのです。3Dを使うことによって、作業の効率化が図られるのに加えて、制作にも協力することができるのです。例えば、学校の教室で机やイスが煩雑に並んだ背景や、SF系の作品での細かい曲線だらけの背景などでは、細かいレイアウトを切るのが難しいのです。それが、3Dで組んでおけば、レイアウトを出しやすい。昔は背景と言えば、出来上がった美術設定に色をつけるだけだったのですが、現在は、制作やアニメーターの補助をしていこうという時代になっています。
—— 美術の仕事の境界も変わりつつあるということでしょうか?
 そうですね。撮影や3DCGに関しては、今までは分業できっちりとやってきたのですが、お互いそれぞれが使っているソフトを使用することで、何でもできる時代になってきているのです。技術の問題もありますが、そうではない部分で、例えば背景制作会社が3DソフトとAfter Effectsを勉強できないわけではないので、同じソフトを使うことで、分業していた部分がリンクしてくるのです。今、そうした状況になりかけているという時代ですね。それが、今後どのように変わっていくかは気になるところです。
—— そうした流れのひとつが、第3話で描かれた地球連邦軍兵舎での戦闘シーンで使用された、3DCGを使った背景表現なんかに繋がっているのでしょうか?
 そこは、サンライズD.I.D.スタジオとうちとの協力になるのです。本来ならば、D.I.D.で完結すればいいところなのかもしれませんが、うちに発注していただいて、動きはうちでやりますと作ったものだと思います。そこも、今までリンクしていなかった部分が発生しているということなのです。ソフトを使えるという土台を作っておくと、いろんな可能性が出てくるのです。D.I.D.の仕事をうちが引き受けたり、撮影さんのやっている仕事をこちらで美術的に処理したり。そういうことになると思います。
兒玉 美術設定に関しても、デジタル化はしていないと言いましたが、3D化を前提とした三面図が必要だったり、角度を変えてみた時に見える部分を意識的に付け加えるようなことはしています。
—— 『THE ORIGIN』の美術作業に関しては、どのような感想をお持ちでしょうか?
 『THE ORIGIN』に関して言えば、安彦さんがトップにいらっしゃるので、良い意味で古い作り方をしているのです。昔からある、オーソドックスな作り方ですね。昨今のわりと若い監督さんとやる時は、指示がとても細かくて、ものすごくピンポイントな要求をしてきます。現在の主流となっているのは、シーンというよりは、カットごとに背景の見せ方、明度や色までも細かく決められていて、クリエイティブな仕事になっていないものも多くなっているのです。『THE ORIGIN』はもっとざっくりとしていて、任せていただけるところも多くて、こちらが提案したものも通りやすいというか、意図を汲んでもらいやすいのでやりやすいです。『THE ORIGIN』をはじめとしたサンライズ作品は、わりと美術やデザイナーの主張をある程度取り入れてくれる気風があるので、やり甲斐もありますね。
兒玉 明らかにクリエイター気質を感じさせてくれて、そこを尊重してくれる会社ですね。そういう意味では、『THE ORIGIN』は、とても仕事をやりやすく感じています。
—— 次回は、より『THE ORIGIN』本編に絞った形で、美術関係の詳細やこだわっている部分に関するお話を聞かせてもらえればと思います。
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