第38回
編集

吉武 将人


アニメーション制作において、スタジオで描かれ、撮影されたカット同士を繋ぎ、ひとつの映像として構築していく作業を担っているのが「編集」と呼ばれるポジション。ドラマの緩急からキャラクターの動きをより印象的に見せる編集とよばれる作業は具体的にどのように行われているのか? 『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)で、編集を担当する吉武将人氏に『THE ORIGIN』だからこその編集のこだわりを伺った。
—— まずは基礎的な知識として、吉武さんが担当されているアニメにおける編集とはどのようなお仕事か教えてください。
吉武 アニメの編集作業には、大きく分けて「オフライン」と「オンライン」の2種類あります。オフライン編集は演出家さんがカット毎に調整した映像の素材をいただき、それを1つのシーンとして流れるように尺を作る作業で、オンライン編集は、オフラインでつなげた映像を、オリジナルの画質でテロップなどを入れて完成映像にする作業です。
—— 作業的にはどのタイミングから作品に関わるのでしょうか?
吉武 アフレコ用のムービーから関わるという感じですね。アフレコを行う前に、線画状態のものを撮影さんがカットごとに撮影した「線撮(せんさつ)」と言われるものを繋いで、声優さんが声入れを行う際に自然に流れるようにします。作画作業を行っているに際には、演出家の方はシーンで見るのではなく、大体カット単位でその完成度を見てチェックしているんです。ただ、カット単位での出来がすごく良くても、カットを2つ、3つと繋げてシーンとして成立させてみるとちょっと間延びした感じになってしまったりすることが多いです。例えば、ケンカしているシーンで、カットごとに見れば問題なく見えても、繋いでみると「ひと言喋ってから少し間が空いて殴る」という感じになっていることがあります。そういう場合は、キャラクターの感情が盛り上がっているならばそれをぶつけているような形でカットの一部を切って繋ぐという感じですね。逆に悲しいシーンを作る際には、前のカットのお尻までセリフがあって、その言葉の勢いが強いと悲しい印象が伝わらないことがあるので、その場合は間を取るように長さを足したりということをしています。
—— つまり、映像として繋がったところを重視して、その調整をしているということでしょうか?
吉武 作品全体でのリズムを見ているという感じですね。カット単位での仕上がりは演出家の方にお任せしているので、そのカットを見て並べて、シーンの感情をリズムとして見せていくというイメージかと思います。
—— 編集と言えば実写映画のイメージで、撮影した素材を切って繋げるという風に考えてしまいますが、アニメだと作画の方が絵を描いたものが素材になります。その作業が無駄にならないように先に編集作業も行っているという感じでしょうか?
吉武 最初のカッティング(編集)作業の際は、最終的な映像として仕上がるまでまだ結構な期間があるんです。ですから、コンテや原画を撮影したアフレコ用のムービーを編集する際に、まだ間に合うようであれば「ここは切ってしまいます」とお伝えしますし、逆に足していただけるようお願いする場合もあります。また、演出家によっては切ることを想定してカットを作っていることもあるので、その際はこちらで切って調整します。例えばアクションシーンだと、カット単位ではパンチを繰り出す際に、腕を振り上げてから伸びきるまで描いて、カットが切り替わったら腕が伸びきってからの動きのあるものだと、ただ繋げてしまうと同じ動きが2回続いて見えることがあるんです。その際は、より意図が伝わりやすい形で、どちらかの動きを切って繋げるということをします。色のついていない状態を撮影した「線撮」の段階だと動く前と動いた後の原画と呼ばれる絵しかないので、途中の動画として描かれる動きがまだ存在していません。ですから、その間のコマ数を計算して何枚作画が入る予定だということも計算しながら編集作業として切っていきます。
—— 本当に細かい部分でのリズムやテンポ、間を違和感なく見せるかを調整しているのですね。間の見せ方や繋ぎ方は、ある意味演出と切り離せない部分ですが、最終的な判断は演出の方と一緒にやられるのでしょうか?
吉武 そうですね。基本的には監督と演出家、そして自分の3人で話し合って決めて行く感じです。意見が分かれた場合でも、3人で話し合って納得のいくところを見つけていくようにしています。
—— 編集作業に関しては、1本作るにあたってどれくらいのやりとりをされているのですか?
吉武 最初に線撮したものをカッティングし、それで出来上がったものを音響さんに渡してアフレコを行います。その後、アフレコで声が入ったものが返ってきたら、今度はその状態のもので再カッティングを行います。ここでは、声優さんのセリフとキャラクターの動きを合わせるというような微調整をしながら、その間に絵もどんどん仕上がってくるので、例えば3Dの戦闘シーンが入ってくればその動きの調整と尺を固めるような作業を行っていきます。そして、その段階で、音声を完成させるダビング作業用に音響さんにまたお戻しします。すると音楽と効果音(SE)が付いた状態で返ってくるので、次は色を付けてキャラクターの口パクとセリフの合わせや戦闘シーンでのSE関係の音ズレなどに映像を合わせていったり、色味を含めたいろんなリテイクを洗い出していって、テイクを重ねていくという感じですね。アニメは実写と違って、ダビングが最後の作業になるのではなく、ダビングの後にもう1度編集作業が入って音と絵を合わせることになるのです。実際に声優さんの喋り方を観て、セリフとセリフの間や声が入っていないのに口が開いているなど、違和感があるところは編集で調整して直していきます。
—— 『THE ORIGIN』のアフレコ用ムービーは、吉武さんが仮の声を入れてらっしゃると聞きました。他の作品ではあまり聞かない作業ですが、映像にご自身の声を入れる方法の意図を教えていただけますか?
吉武 今回、『THE ORIGIN』は安彦(良和)さんが総監督ということで、編集を担当するということに関しての周りからのプレッシャーが大きかったです。通常のスタジオ作業では、映像素材に合わせてその場で台本を読みながら切っていくのですが、その際の声は録音をしていないのでデータは残らないんです。ただ、今回に関しては、台本を読んでみて、専門用語などの特殊な言葉など言いづらい箇所があったり、特徴的なセリフの言い方がありましたので、ガイドとして最初に声を入れておこうと。『THE ORIGIN』の前に他の作品で声を入れた編集を試しにやってみたところ、いろんな人に「このセリフはこのくらいの間で言って欲しい」、「このくらいの間で話すとリズムはこうなる」という感じで、こちらの意図が伝わりやすいことが判ったので、『THE ORIGIN』でも取り入れました。どうしても線撮の映像だけだと見たままのイメージになりがちなのですが、そこに声を入れると判り易いと安彦さんからも好評だったので、そのまま続けているという感じです。当初は、自分の声は人様に聞かせられるものじゃないので、音響さんに出すデータには声を入れないことも考えていたのですが、安彦さんに入れて欲しいと言われたので、現場の笑いのネタになればと思ってやらせてもらいました。
—— 『THE ORIGIN』は尺が長いので収録も声を入れるのも大変な作業になりますね。
吉武 そうですね。特殊な喋り方が多いと時間がかかります。第5話ではギレンの演説やドズルの家族とのやりとりなどのシーンがあって時間がかかりましたね。個人的なアフレコ作業だけで9時間ちょっとかかっています。
—— かなり時間がかかっているわけですが、声入れをやるのと入れないので結果に大きく影響するということですか?
吉武 もちろん、編集をする人によってやり方が違って、読みながらの方が自分の気分が上がるという方もいます。自分としては、何度も同じ所を切って読み直してやっていると、長さが変わってしまって曖昧になる部分がありました。そういう意味では、決めた通りの尺を入れておいて、「ここはこれくらいセリフを被らせたい」、「これくらいセリフを近づけたい」というのを感覚ではなくはっきりと見せたいというのはあります。そうすると、説得力がある状態で意図が伝えやすいんです。リズムを作るのが仕事なので、「このシーンのキャラクターの感情が高ぶっているのでセリフは早口で」とか「このシーンはゆったり感情をみせたいから落ち着いて喋ってほしい」ということを、ひとつずつ、セリフの間を考えて作業しています。
—— シャアを演じている池田秀一さんも、アフレコ前にガイドとなる音声がある映像を見てからだとアフレコをやりやすいと言っていました。
吉武 役者さんからもそう言ってもらえると嬉しいですね。『THE ORIGIN』は大御所の声優さんが多く参加されていて、実際にアフレコを終えると、自分の想像を遙かに超えてくることが多いです。そうした部分を踏まえて「こんなに長くなったのか」とか「こんな勢いで演じてきたのか」という想定外の要素をアフレコ後に再編集することもあります。
—— 編集という仕事を通して安彦さんとお話をしてみて感想はいかがでしたか?
吉武 細部までよく考えていらっしゃるなという印象を受けました。他の監督さんとのやりとりでは、キャラクターの感情よりも絵的に「ここが格好いいから伸ばして見せたい」と言うような、抽象的な注文もあったりしますが、安彦さんは違いましたね。「もうちょっと長い方がいいんじゃないか」というような曖昧なものではなく、「このキャラクターの感情は悲しんでいて、すぐに言葉が出てこないはずだから、この間を伸ばしたい」というような意図をちゃんと説明してくれるのです。例えば、第4話で黒い三連星のザクとガンキャノンが戦うところで、ジェットストリームアタックの原型的な動きを見せるシーンがあるのですが、自分としては、当初は通常の戦闘シーンとして切っていたんです。単なる戦闘のコンビネーションだろうと。すると、切った後に安彦さんは「このカットは伸ばしたい」と仰って。こちらから、「伸ばすとリズムが悪くなります」と言ったら、「ここはジェットストリームアタックの走りになるカットだから、ちゃんと見せたい」と言われて。そういう伏線とか、「あの動きのもとはここにある」という意図などははっきりされているので、助かります。また、通常の戦闘ではスローモーションは入れないのですが、それがあるからスローモーションにする意味があるなとも思いました。
—— 安彦さんとの印象的なやりとりはありましたか?
吉武 安彦さんはご自身が絵を描く方なので、やはり編集で描かれた絵が切られるのが嫌いなのです。でも編集は切るのが仕事なので、そこをいかに納得していただくかというところですね。たまに「ここ切ったよね」って言われるのですよ。こちらとしては「何で2コマ(1コマ=1/24秒)しか切ってないところに気付かれるのだろう?」って思うわけですが、そういう感覚はすごいですよね。
—— 『THE ORIGIN』だからこその編集的なポイントというのはありますか?
吉武 ロボットものなのでどうしてもメカアクションを重視してしまいそうですが、『THE ORIGIN』に関しては特にメカアクションではなくあくまで人間ドラマであると。『THE ORIGIN』はアクションシーン、戦闘の中でもパイロット同士のドラマがあるので、通常のアクションシーンではテンポを上げるというような単純な方法はとらず、「シャアだから、黒い三連星だからこのテンポで進める」ということを考えていますね。
—— 安彦さんが描かれた漫画のコマ割りのイメージを編集として参考にされたりはしていますか?
吉武 『THE ORIGIN』の漫画は読まないようにしているんです。他の原作付きの作品では、原作を読んで基本設定は覚えておくようにしているのですが、『機動戦士ガンダム』の設定はほぼ頭に入っているので、逆に漫画を読んで自分の主観を入れたくなかったんです。漫画を読むのとアニメを観るのは別なので、漫画を読んで自分の感情的に「ここが面白かった」と感じてしまうと、無意識に尺を使ったりしてしまうんです。また、伏線などが判ってしまうと「これってこういう意味ですよね」とわざと間を作ってしまうこともあります。だから先入観を入れないためにも、基本的には絵コンテをいただいてその印象で作らせていただいています。だから、『THE ORIGIN』は全部終わったら読もうかと思っています。
—— 『機動戦士ガンダム』は観られていると仰っていましたが、そちらは、編集として参考になったりしていますか?
吉武 リアルタイムで楽しんだ世代ではないのですが、夏休みに再放送をしているのを観たりしていましたね。最近だと『THE ORIGIN』に関わるということで、劇場版とテレビ版を観直しました。とは言っても、『機動戦士ガンダム』はアムロがメインであり、出てくる陣営もまったく違うのであまり気にしてはいません。設定が同じ年代ということなので、兵隊の喋り方などは違い過ぎないようにしているという程度です。
—— 実際に『THE ORIGIN』という作品に関わってみた感想を聞かせてください。
吉武 ロボットものが好きなので、その段階でテンションが上がってしまうのですが、それもガンダム作品であり、『THE ORIGIN』ですからね。とにかく「やるぞ」という感じだったとしか言えないです。感覚的には、ちょっと怖い7割、でもやってみたい3割という感じでした。やはり、レジェンド感がある作品なので、プレッシャーが凄かったですね。「これ、安彦さんのガンダムだからね、判っているよね?」という周りからの「失敗できないんだよ」というプレッシャーが凄かったです。だから、第1話に関しては、反応がすごく気になりました。
—— 『シャア・セイラ編』の全4話が終わったわけですが、作品の雰囲気などはどのあたりで掴むことができましたか?
吉武 キャラクターに関しては他のオリジナル作品と違ってある程度決まっているので、そのあたりは判り易かったです。作品としてのリズムが判ったのは、第1話で監督と話をしてからですね。第1話の時は声を入れて再カッティングした際に「ここはこうしたい」という細かい希望がたくさん入りまして。それを汲み取りながら形を作っていきました。そういう意味では、第2話あたりには感覚を掴んでいたと思います。
—— 『THE ORIGIN』だからこその印象的な部分はありますか?
吉武 作業をしていて一番印象的に感じたのは、モブが生きているというところですね。通常だとモブという背景の人たちはあまり動かないし、メインの人たちの後ろにいるので視線も行かないですよね。でも、安彦さんの作品である『THE ORIGIN』では、モブの動きにも全部意味があるのです。だから切りにくいですね。モブのひとりひとりに意思や意味があって、それを考えだすと切る事ができなくなってしまいします。そこで、メインのキャラクターたちの感情を優先するようにして仕方なく切るようなことはありますね。また、動きがついていない状態でモブの動きを切ってしまって、後からそのモブの動きを活かさないと次に繋がらないことが判って、また元に戻したりということもありました。
—— 全編を通して編集的な視点で観ると面白い箇所を教えてください。
吉武 逆に、観ていただいて編集の存在を気になられると困るので、気にならないことが重要かと考えています。物語に集中して、気持ちが途切れずに1時間観ていただければ編集としては成功なので。ただ単にスピーディだったりというわけではなく、物語の緩急があって、その上で観て良かったなと思えるように全体を気にしているという感じです。
—— 第5話からは『ルウム編』に突入するわけですが、見せ方も変わってきますか?
吉武 戦闘シーンが比較的多くなってきたので、今までは人間ドラマが強かったところが、ギレンをはじめとしたいろんなキャラクターが絡んでくるので、そこを活かしつつちょっとずつテンポを上げていければと思っています。
—— では最後にこれから作品を観るファンに向けてひと言お願いします。
吉武 基本的に1回目に観るときはドラマの流れを追って鑑賞していくと思いますが、2、3回目と観ていくと、それぞれのキャラクターのドラマに気付いてもらえると。そうすると、作品をもっと深く味わえるのではないかと思います。1回目は先にある伏線などをなかなか感じられないかと思いますが、流れで見ていると後半で気付く要素なんかもでてきますので、そうした構成を踏まえて先の知識がある2回目の段階では、見えてくるものも増えますし、間とかセリフなんかにも注目すると面白さが増す作品になっているはずです。モブのひとりひとりにもこだわっていますので、そこも見逃さないでいただけると嬉しいですね。
PREVNEXT